横浜地方裁判所小田原支部 平成3年(ワ)418号 判決 1995年9月26日
原告 国
代理人 松村玲子 古川敞 深井剛良 清住碵量 池上照代 中澤彰 ほか二名
被告 品川化工株式会社
主文
一 品川産業株式会社が昭和六二年一月一九日に被告に対してした金一億三八一三万四〇九〇円の弁済は、金九八二六万六五〇〇円の範囲においてこれを取り消す。
二 被告は、原告に対し、金九八二六万六五〇〇円及び内金七二五〇万円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその他の請求を棄却する。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一 主文第一項と同旨
二 被告は、原告に対し、金九八二六万六五〇〇円及び内金七二五〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日である平成三年九月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、神奈川県愛甲郡愛川町中津四〇五八番地所在の品川産業株式会社(以下「品川産業」という。)に対して租税債権を有する原告が、同社が被告に対してした弁済は詐害行為に該当するとして、被告に対し、国税通則法四二条、民法四二四条に基づき、右債権の範囲において、右弁済の取消し及び右弁済により被告が取得した金員相当額の返還等を求めている事案である。
一 当事者間に争いのない事実等
1 原告は、品川産業に対し、昭和六三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下「昭和六三年度」という。)の法人税に係る租税債権九八二六万六五〇〇円(平成三年九月五日における滞納税額であり、そのうち本税額は七二五〇万円である。以下「本件租税債権」という。)を有している。
2 被告は、金属の精製、加工及び化学工業、薬品の製造、輸出入及び販売、各種塗装工事の請負等を業とする株式会社である。
品川産業は、昭和四四年一月二〇日に設立され、昭和六〇年三月末に事業を休止した品川塗装株式会社(以下「品川塗装」という。)が、昭和六一年四月一一日に商号を変更したものである。
3 品川産業は、株式会社関電工に対し、昭和六二年一月九日、神奈川県横浜市鶴見区矢向一丁目一番三三号所在の土地及び建物(以下「本件不動産」という)を代金一〇億七〇一六万九九八四円で譲渡(以下「本件譲渡」という。)した。
4 品川産業は、被告に対し、昭和六二年一月一九日、被告からの借入金の弁済として、本件不動産の譲渡代金から一億三八一三万四〇九〇円の支払(以下「本件弁済」という。)をした。
5 品川産業は、昭和六二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下「昭和六二年度」という。)において、本件譲渡による固定資産売却益として八億四二五一万七三二六円を計上し、事業用資産(以下「買換資産」という。)を取得する予定があるとして、租税特別措置法六五条の八に定める特定の資産の譲渡に伴い特別勘定を設けた場合の課税の特例(以下「本件特例」という。)に基づき、右売却益のうち三億四五〇〇万円を損金として特別勘定に繰り入れ、厚木税務署長に対し、同年度の所得金額及び法人税額を零円とする申告をした。
品川産業は、昭和六三年度において、右特別勘定を取りくずして益金に算入し、厚木税務署長に対し、所得金額を一億九九四三万八七二四円、差引確定法人税額を七八四四万四二〇〇円とする申告をした。
6 東京国税局長は、厚木税務署長から、平成元年四月二四日、本件租税債権の徴収の引継ぎを受けた。
二 争点
本件において、原告は、本件弁済は品川産業と被告との間で原告を害することを了知しながら通謀してなされたものであり、詐害行為に該当するとして、被告に対し、本件弁済の取消し及び被告が取得した金員相当額の返還等を求めている。
これに対し、被告は、本件弁済時、被保全債権である本件租税債権が成立していないし、右債権が成立する高度の蓋然性もなかった、本件弁済は詐害行為の客観的要件を欠き、品川産業と被告には詐害の意思もなかったなどとして、詐害行為取消権が発生していないと主張するとともに、右取消権の時効消滅を主張する。
本件の争点及びこれに関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。
1 本件租税債権は詐害行為取消権の被保全債権になるか否か。
(一) 原告の主張
詐害行為取消権の被保全債権については、厳密な意味では未だこれが発生していなくても、債権発生の基礎となる法律関係が既に存在し、債務者が債権発生の蓋然性を見越して予め財産を処分したような場合には、債権者は、右行為後に発生した債権を被保全債権として詐害行為取消権を行使することができるものと解される。
ところで、品川産業は、昭和六二年度において、本件特例に基づき、本件譲渡による固定資産売却益のうち三億四五〇〇万円を特別勘定に繰り入れて課税の繰り延べをしたが、翌事業年度末までに買換資産を取得せず、昭和六三年度の法人税を申告するに当たり、右特別勘定を取りくずして益金に算入した結果、本件租税債権が発生したものであるが、品川産業には、本件弁済当時、翌事業年度末までに買換資産を取得する見込みはなかったから、本件租税債権の発生は高度の蓋然性をもって見込まれていたものというべきであり、本件弁済時において、本件租税債権は未だ発生してはいないものの、本件租税債権の発生の基礎となる法律関係は既に存在していたものというべきである。
したがって、本件租税債権は詐害行為取消権の被保全債権になる。
(二) 被告の主張
昭和六三年度分の法人税に係る本件租税債権は、昭和六三年一二月三一日の経過とともに成立したものであって、本件弁済がされた昭和六二年一月一九日においては未だ成立していない。
また、品川産業は、本件譲渡後、買換資産を取得して事業を継続することを企図していたため、本件特例に基づき、本件譲渡による固定資産売却益を特別勘定に繰り入れたが、結果的に買換資産を取得することができなかったにすぎないものであり、本件租税債権の発生の蓋然性を見越して予め財産を処分したという事情は存しないし、本件租税債権が本件譲渡により発生したものでもない。
したがって、本件租税債権は詐害行為取消権の被保全債権にはならない。
2 本件弁済は詐害行為に該当するか否か。
(一) 原告の主張
債務の本旨にしたがった弁済であっても、債務者が一部の債権者と共謀して他の債権者を害する意思でしたような場合には、詐害行為に該当するというべきである。
品川産業は、原告を害することを十分に了知しながら、被告と通謀して本件租税債権の支払を免れる目的で本件弁済をしたものというべきであるから、本件弁済は詐害行為に該当する。
(二) 被告の主張
本件弁済は、品川産業の既存の債務を消滅させるものであり、同社の総財産に減少をもたらすものではない。また、詐害行為取消権は、破産とは異なり、債権者間の平等弁済を保障する制度ではないから、債務者が債務超過の場合に一部の債権者にのみ弁済したとしても、詐害行為取消権の対象とはならず、それによって生じる不公平は破産手続によって救済されるべきである。
したがって、本件弁済は詐害行為には該当しない。
3 品川産業と被告には、通謀して原告を害する意思があったか否か。
(一) 原告の主張
品川産業は、本件譲渡時、債務超過で事実上休業状態にあったこと、同社は本件譲渡直後に本件不動産の譲渡代金のほとんどを債務の弁済にあて、買換資産を取得する資力を有していなかったこと、同社は事業休止から本件譲渡までの約二年間何ら事業を行っていないことなどからすると、同社が本件譲渡後に買換資産の取得による事業の継続を企図していたとは考えられず、さらに、同社が本件譲渡と同日付けで本件譲渡による固定資産売却益を会計帳簿に計上していることを合わせ考えれば、同社は、本件租税債権の発生を十分認識していたのであって、本件弁済が原告を害することを了知していたものというべきである。
また、品川産業及び品川装備株式会社(以下「品川装備」という。)は、被告の子会社であり、右三社は、法人格は異なるものの、本件譲渡時及び本件弁済時、右三社の役員はほとんど同一で、経理担当者も同一人であるなど、実質的には同一会社と同視し得るほど密接な関係にあるところ、被告は、品川装備の業績が悪化し、同社に対する貸付金の回収が望めず、他方、品川産業において、本件譲渡による固定資産売却益により将来発生する租税債権の納付を余儀なくされることを見越して、その納付を免れさせると同時に品川装備に対する貸付金を回収するため、右貸付金を被告の品川産業に対する貸付金に振り替えて、本件不動産の譲渡代金から本件弁済を受けたものである。
したがって、品川産業と被告には、通謀して原告を害する意思があったものというべきである。
(二) 被告の主張
品川産業は、昭和六二年当時、本件譲渡後に買換資産を取得して事業を継続することを企図し、その計画を実現するための検討を進めていた。すなわち、品川産業は、賃貸マンションやスポーツクラブの経営等を検討し、昭和六二年五月一八日の取締役会において、当時の被告代表取締役吉田利夫(以下「利夫」という。)が所有する神奈川県川崎市中原区新丸子所在の土地を賃借し、同土地上にマンションを建設してこれを経営することを決議し、建設会社から建築費の見積りをとったり、収支の見通しを調査するなどしていた。
ところが、品川産業は、利益を得られる見通しが立たなかったため、昭和六三年五月に至って右計画を断念したのであり、結果的に買換資産の取得ができなかったにすぎず、本件弁済時、同社及び被告には詐害の意思がなかったものである。
なお、原告は、本件弁済は、実質的には、被告が品川装備に対する貸付金を回収するために右貸付金を振り替えたものであり、品川産業及び被告に詐害の意思がある旨主張するが、右振替は、本件譲渡前の品川産業が買換資産の取得を企図していたころにされたものであり、両社には原告が主張するような意図は全くなかった。品川産業の被告に対する債務は、品川産業が金融機関から融資を受けることができなかったため、被告が金融機関から借り入れた金員を品川産業に貸し付けたもので、その実質は品川産業の金融機関に対する債務であり、被告は、品川産業から弁済を受けた金員を金融機関への弁済にあてたものであるから、本件弁済には何ら指弾されるべき理由はない。
したがって、品川産業と被告には、通謀して原告を害する意思はなかった。
4 本件弁済に係る詐害行為取消権は、時効により消滅しているか否か。
(一) 被告の主張
債権者が詐害の客観的事実を知った場合には、特段の事情がない限り、債務者の詐害の意思をも知ったものと推認するのが相当である。
品川産業は厚木税務署長に対して平成元年二月末日に昭和六三年度の法人税の確定申告書を提出したところ、その記載によれば、同社が本件譲渡による固定資産売却益について本件特例に基づき特別勘定を設定したこと、本件弁済をしたこと及び昭和六三年度に右特別勘定を取りくずして益金に算入したことが明らかであるから、厚木税務署長は、平成元年二月末日には、品川産業の資産状況及び本件弁済の事実を知ったものである。
また、品川産業は、原告の担当係官に対し、平成元年五月二五日、本件譲渡及び本件弁済の経過についての資料を提出している。
そうすると、原告は、平成元年二月末日か遅くとも平成元年五月二五日には、取消しの原因を覚知したものというべきである。
したがって、原告が被告を債務者として申し立てた不動産仮差押命令申請事件について仮差押決定がなされた平成三年八月一九日には、既に右各起算点から二年を経過したものであり、本件弁済に係る詐害行為取消権の消滅時効は完成しているから、被告はこれを援用する。
(二) 原告の主張
詐害行為取消権の消滅時効の起算点たる「債権者カ取消ノ原因ヲ覚知シタル時」とは、債権者が詐害の客観的事実を知っただけでは足りず、債務者に詐害の意思があることを知ったことを要するところ、原告において本件弁済が詐害行為であることを覚知したというには、単に品川産業の資産状況や本件弁済の事実を知るだけでなく、同社及び被告の会計帳簿等を検討し、銀行調査を実施するなどして、本件譲渡代金の使途等を把握し、少なくとも詐害の意思が推認できる状態となったことが必要であるというべきである。
原告の担当係官は、関連会社の会計帳簿等の調査や銀行調査を行った結果、平成三年二月下旬になって初めて本件弁済が詐害行為に該当すると判断したものであるから、被告の消滅時効の主張は失当である。
第三争点に対する判断
一 <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
1 被告は、昭和一五年の設立当初、鉛を酸化させてリサージを製作する部門と塗装部門とを擁していたところ、塗装部門を独立させることとし、昭和四四年一月二〇日、被告の全額出資により品川塗装を設立し、当時の被告代表取締役利夫がその代表取締役に、利夫の弟である吉田綱夫(以下「綱夫」という。)が専務取締役に就任した。
品川塗装は、水道管やガス管の塗装及び日本鋼管株式会社から受注する船舶のブロック塗装を主たる業務としていたが、造船不況の影響で資金繰りが悪化して赤字経営になった。そのため、被告及び利夫の出資により、昭和五一年六月二三日、日本鋼管株式会社からの受注会社として品川装備が設立され、利夫が代表取締役に、綱夫が取締役に就任した。なお、品川装備は、平成元年五月三〇日、株式総会において解散決議がされ、平成二年一〇月一六日、清算手続が結了している。
利夫の子である吉田利昶(以下「利昶」という。)は、被告及び品川塗装の取締役であった。
同栄信用金庫(以下「同栄信金」という。)の職員であった入田幸徳(以下「入田」という。)は、昭和四六年ころから被告に勤務して経理を担当していたところ、品川装備の設立のころから、同社及び品川塗装の経理責任者となり、昭和六〇年五月、右三社の取締役に就任した。
2 品川塗装は、昭和五四年度以降、毎期欠損状態となり、昭和五九年度末の累積欠損は四億二九〇〇万円に達し、経営の維持が困難となったため、業務を廃止することとした。
品川塗装は、同社の労働組合である合化労連化学一般関東神奈川地本品川塗装支部との間で、昭和六〇年三月二五日、同月三一日付けで同社を整理(清算)すること、同日付けで全従業員を解雇して退職金を支給すること、本件不動産を処分し、その譲渡代金の中から右退職金を支給すること、従業員の雇用の確保のために従業員中心の新会社の設立に協力することなどを協定し、同月三一日、営業を休止した。
品川塗装は、即座には本件不動産が売却できなかったことから、同栄信金から金員を借り入れて退職金の仮払いをし、昭和六二年四月一〇日、右仮払金、貸付金及び未収金の合計額と支給すべき退職金とを相殺した。
3 品川塗装は、昭和六一年四月一一日、商号を品川産業に変更するとともに、定款の目的に不動産の売買、賃貸及び管理を追加した。
4 品川産業は、株式会社関電工に対し、昭和六二年一月九日、本件不動産を代金一〇億七〇一六万九九八四円で譲渡し、右譲渡代金を次の支払(合計一〇億六三〇〇万一九三三円)にあてた。その結果、品川産業の被告に対する借入金残高は零円となった。
支払先 支払年月日 支払金額
(一) 徳陽相互銀行 昭和六二年一月九日 一億一〇五〇万円
(二) 同栄信金 同月二二日 六億五七八六万七八四三円
(三) 被告 同月九日 一億二四〇〇万円
同 同月一九日 一億三八一三万四〇九〇円
同 同年二月一〇日 五〇万円
(四) 譲渡費用 同年一月九日 三二〇〇万円
5 利昶は、昭和六二年二月六日、品川産業の代表取締役に就任した。
品川産業は、赤錆除去装置を数台仕入れ、代理店として販売活動をしようとしたが、一台しか販売できなかったため、右計画を取り止めた。
6 入田は、品川産業、品川装備、被告間において、金銭消費貸借契約書を作成せず、また取締役会の承認も経ずに、右三社全体の資金繰りをみて、事業資金の融通を行っていた。
被告は、昭和六一年一〇月三一日、品川産業の銀行口座に四〇二一万五〇〇〇円を振り込み、品川産業は右金員を被告からの借入金として処理した。品川産業は、同日、品川装備の銀行口座に三五一四万五〇〇〇円を振り込み、品川装備は右金員を品川産業からの借入金として処理した。品川装備は、同日、右借入金を被告に対する債務の弁済にあて、これにより、品川装備の昭和六一年四月一日から昭和六二年三月三一日までの事業年度における被告に対する借入金残高は零円となった。他方、品川装備の品川産業からの借入金残高は、翌事業年度末には六一九〇万〇三九七円に達し、品川装備は、品川産業から、昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの間に、右借入金の債務免除を受けた。
7 入田は、本件譲渡による租税債権の発生が見込まれたため、品川産業の顧問会計士平田国弘に対し、どの程度の法人税が発生するかを相談した。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
そこで、以下、右認定事実を前提として、本件各争点について検討する。
二 争点1(本件租税債権は詐害行為取消権の被保全債権になるか否か。)について
1 詐害行為取消権の被保全債権は、原則として詐害行為以前に発生したものであることを要するが、詐害行為当時未だ発生していない債権であっても、発生の基礎となる法律関係や事実が発生し、債権の発生が高度の蓋然性をもって見込まれる場合には、右債権も被保全債権になり得ると解するのが相当である。
(一) ところで、本件特例は、法人が、その有する資産を譲渡した場合において、当該譲渡をした日を含む事業年度の翌事業年度開始の日から同日以後一年を経過する日までの期間内に資産を取得する見込みであり、かつ、当該取得の日から一年以内に当該取得をした資産を当該法人の事業の用に供する見込みであるときは、当該譲渡をした資産の譲渡に係る対価の額のうち一定の金額を特別勘定として経理した場合に限り、その経理した金額に相当する金額を、当該譲渡に係る事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入することとし、所定の期間内に買換資産を取得しなかった場合には、特別勘定として経理した金額を取りくずし、右取りくずしに係る事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入するというものであるところ、本件租税債権は、品川産業が、昭和六二年度に一旦特別勘定として経理した本件譲渡による固定資産売却益の一部を本件譲渡の翌事業年度である昭和六三年度において取りくずし、益金に算入した結果発生したものであり、右特別勘定に経理された金額は、右売却益に由来するものであるから、本件租税債権の発生の基礎となる法律関係は、本件弁済に先立つ本件譲渡時に発生したものというべきである。
なおこの点に関して、被告は、本件租税債権は特別勘定を取りくずして益金に算入した結果発生したものであるから、本件租税債権の発生の基礎となる法律関係は本件譲渡にあるわけではない旨主張するが、本件租税債権は、直接的には、特別勘定を取りくずしてこれを益金に算入した結果発生したものであるとしても、本件譲渡によって得られた所得を課税の対象とするものであって、本件譲渡による固定資産売却益に係る課税が、右の特別勘定の取りくずし及びその金額の益金への算入の時点まで繰り延べられたにすぎないから、被告の右主張は失当である。
(二) そして、本件弁済当時、品川産業において所定の期間内に買換資産を取得する見込みがなければ、もともと同社において本件特例の適用を受けることはできず、その結果本件租税債権は、高度の蓋然性を以てその発生が見込まれることになるというべきであるから、次に本件弁済当時品川産業において買換資産を取得する見込みがあったか否かについて検討する。
<証拠略>には、品川産業は、営業休止後、賃借した土地にマンションを建設してこれを経営するか、利夫が自己の土地に建設したマンションを同社が購入して経営するという計画を検討し、株式会社紅梅組(以下「紅梅組」という。)にマンション建設費用の見積りを依頼し、マンションの事業計画、事業の収支等を調査した結果、後者の方針をとることとしたが、利夫の反対にあって、昭和六三年三月二五日、右計画を中止した旨の供述部分があり、被告は、品川産業の取締役会議事録を題する書面、事業計画表前提条件と題する書面、事業計画表、紅梅組専務取締役石川達之輔の回答書、紅梅組の品川産業あて見積書などを提出している。
しかしながら、<証拠略>によれば、入田及び利昶は、東京国税局徴収部特別整理第一部門大蔵事務官山岡千秋(以下「山岡係官」という。)に対し、赤錆除去装置の販売以外の新規事業計画については何ら回答せず、利昶は、山岡係官から本件訴訟を提起することを告げられて初めて、マンション建設計画の話をしたが、具体的な資料を何ら提示しなかったことが認められ、また、石川の原告指定代理人に対する申述によれば、紅梅組は、大同生命保険相互会社横浜支社からマンション建設計画を持ち込まれ、昭和六二年一一月六日、利夫を発注者としてマンション新築工事請負契約を締結し、完成したマンションを利夫に引き渡したこと、当該マンションの事業主体を利夫個人にするか法人にするかは、引渡時まで決定していなかったようであるが、石川と利夫との話の中で、品川産業という法人名は出てこなかったこと、石川は、当該マンションを転売するという話を聞いていないことが認められる。以上に加え、品川塗装は、昭和六〇年三月三一日以降、全従業員を解雇して営業を休止しており、その後はみるべき事業を行っていないこと、本件不動産の譲渡代金のほとんどは債務の返済にあてられているが、品川産業が真実買換資産を取得する意思を有していたのであれば、品川産業と被告とは前記のように人的にも資金的にも密接な関係があったのであるから、必ずしも直ちに債務の全額の弁済をせずに、品川産業に買換資産を取得するための資金を残しておくことも不可能ではなかったと考えられるのに、このような措置はとられていないことを合わせ考えると、品川産業が買換資産の取得の意思を有していたこと自体疑わしいし、仮に、同社が買換資産を取得する意思を有していたとしても、同社には買換資産を取得するための資産が残されていなかったことからして、同社が現実に買換資産を取得するのは困難であったというべきである。
この点、被告は、購入した不動産を担保にするいわゆる持込担保の方法などにより、品川産業が同栄信金銀座支店から融資を受ける予定であった旨主張し、<証拠略>にはこれに沿う供述部分があるが、<証拠略>によれば、当時の同栄信金銀座支店長戸部利春は、入田から融資の打診をされたものの、具体的に融資の申込みを受けたわけではなく、融資の話は何ら現実化していなかったことが認められる。
以上からすると、品川産業が買換資産を取得する意思を有していたこと自体疑わしいし、仮にこれを有していたとしても、資力の点で現実にこれを取得することは困難で、所定の期間内に買換資産を取得する見込みはなかったといわざるを得ないから、本件租税債権は、本件弁済当時、その発生が高度の蓋然性を以て見込まれていたものというべきである。
2 被告は、真実品川産業に買換資産を取得する意思がなかったのであれば、厚木税務署長は同社の昭和六二年度の法人税について本件譲渡による固定資産売却益の損金算入を否認して更正をすべきであったのに、更正をしないまま、原告が本訴において、同社には買換資産を取得する見込みがなかったと主張することは許されないから、本件租税債権は詐害行為取消権の被保全債権とはならない旨主張するが、申告納税制度を採用しているわが国の法人税制の下では、納税者の申告に基づいて納税義務が確定するのが原則であり、税務署長は、申告の内容に疑義がある場合には、これを調査して更正する権限を有してはいるものの、いかなる事実について調査をするかは、税務署長の裁量にゆだねられているものである。
そして、詐害行為取消権の行使は、確定した租税債権を徴収するための手続にほかならないから、仮に、申告に係る課税標準等又は税額等に更正すべき事由があるのに更正されていない場合であっても、そのことによって、直ちに、右の取消権の行使が妨げられることにはならない。
したがって、被告の右主張は失当である。
3 被告は、本件租税債権は、本件譲渡の日を含む昭和六二年度の法人税としてではなく、昭和六三年度の法人税として確定したものであるから、詐害行為取消権の被保全債権にはならないと主張する。
もとより、本件租税債権は、品川産業の昭和六三年度の法人税の申告によって確定したものであるが、前記のとおり、その発生の基礎となる法律関係は本件譲渡にあるというべきであり、品川産業において、本件譲渡時には本件租税債権の発生が高度の蓋然性をもって見込まれ、その見込みどおりに右債権が確定したものである以上、本件租税債権は詐害行為取消権の被保全債権になるものというのが相当である。
したがって、被告の右主張は失当である。
4 以上からして、本件租税債権は詐害行為取消権の被保全債権になるものというべきである。
三 争点2(本件弁済は詐害行為に該当するか否か。)について
被告は、本件弁済は品川産業の既存の債務を消滅させるものであり、同社の総財産に減少をもたらすものではないから、詐害行為には該当しない旨主張する。
しかしながら、債務者が債務の本旨に従った弁済をしたときであっても、特定の債権者と通謀し、他の債権者を害する意思をもって弁済したような場合には、詐害行為になるものというべきである。
なお、被告は、平等弁済は破産手続によるべきである旨主張するが、衡平の観念に照らせば、右のような場合にまで、破産手続のみによるべきものとすべきではない。
そうすると、本件弁済が詐害行為に該当するか否かは、後記四で検討する品川産業と被告の詐害の意思いかんに関わるものであるから、およそ本件弁済が詐害行為に該当しない旨の原告の主張は、それ自体失当である。
四 争点3(品川産業と被告には、通謀して原告を害する意思があったか否か。)について
本件特例は、固定資産売却益に対する法人税が軽減される場合の特例規定であるから、たとえ、本件特例に基づき右売却益を特別勘定に繰り入れたとしても、買換資産を取得する見込みがなければ、本件特例の適用はなく、昭和六三年度に租税債権が発生することは品川産業において十分認識していたものと思われるところ、本件弁済当時、品川産業が買換資産を取得する見込みがなかったことは前記のとおりであるから、同社において、唯一の資産である本件不動産を処分して譲渡代金のほとんどを従業員の退職金や金融機関に対する借入金の返済のほか、本件弁済にあてた以上、本件弁済により本件租税債権の徴収が不可能になることを予測していたものというべきである。
また、前記一認定の品川産業、品川装備、被告間の人的、資本的関係及び右三社間の金銭消費貸借関係やその弁済状況に照らすと、品川産業の資産状態を熟知していた被告は、本件租税債権の発生を予測していたにもかかわらず、品川装備に対する貸付金の回収を図るために、本件租税債権の徴収が不可能になることを認識しながら、右貸付金を品川産業に対する貸付金に振り替えるなどして、本件弁済を受けたものと推認するのが相当である。
以上によれば、品川産業と被告には、通謀して原告を害する意思があったものというべきであり、詐害の意思はなかった旨の被告の主張は失当である。
五 争点4(本件弁済に係る詐害行為取消権は時効により消滅しているか否か。)について
1 詐害行為取消権の消滅時効の起算点とされる「債権者カ取消ノ原因ヲ覚知シタル時」とは、債権者が詐害の客観的事実を知っただけでは足りず、債務者の詐害の意思のあることをも知ったことを要するというべきである。
そこで検討すると、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告の顧問税理士宮野清(以下「宮野税理士」という。)は、東京国税局徴収部特別整理第一部門国税徴収官矢野敏夫(以下「矢野係官」という。)に対し、平成元年五月二五日、品川産業の収支一覧表を、同月三〇日、本件不動産の登記簿謄本をそれぞれ提出した。
(二) 同部門国税徴収官佐々木いずみ(以下「佐々木係官」という。)は、同年七月一〇日、矢田係官から品川産業の滞納整理を引き継ぎ、同社の残余財産調査を進め、同年一二月一五日、同社の帳簿書類等の提出を受けた。
(三) 山岡係官は、平成二年七月一〇日、佐々木係官から品川産業の滞納整理を引き継ぎ、同年一二月以降、被告の帳簿書類等の調査や取引銀行の調査を実施し、翌年二月末ころ、本件弁済が詐害行為に該当すると判断するに至った。
右認定の事実によれば、原告において本件弁済が詐害行為に該当することを覚知したのは、担当係官が関連会社や取引銀行の調査等を終了した平成三年二月下旬であるというべきである。
2 これに対し、被告は、原告の担当係官は平成元年二月末日又は同年五月二五日までに本件弁済が詐害行為に該当する旨を覚知したと主張し、証人宮野清の証言には、東京国税局統括官日高全海(以下「日高統括官」という。)が平成元年五月二五日宮野税理士に対し本件弁済には詐害行為の問題があると告げた旨の供述部分がある。
しかしながら、<証拠略>によれば、日高統括官は、宮野税理士に対し、国税徴収法の仕組みを説明する中で、本件弁済が詐害行為になるのではないかという一般的、抽象的な可能性を告げたにすぎず、本件弁済が詐害行為に該当すると断定したわけではないことが認められるから、原告の担当係官が被告主張のころ本件弁済が詐害行為に該当すると覚知していたと認めることはできないというべきであり、そして他に、原告の担当係官が平成元年二月末日又は同年五月二五日までにこれを知ったと認めるに足る証拠もない。
したがって、詐害行為取消権が本訴提起前に時効により消滅した旨の被告の主張は、採用できない。
六 遅延損害金の起算日について
詐害行為取消に伴う債権者の受益者に対する返還請求権は、判決の確定によって発生するものであって、右確定前に右債権が遅滞に陥ることはないから、返還義務の不履行に基づく遅延損害金の起算日は、本判決確定の日の翌日というべきである。
七 以上の次第で、原告の請求は、主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その他は理由がないから棄却することとする。
また、仮執行の宣言の申立てについては、前記のとおり、詐害行為取消権に基づく返還債権が判決の確定によって発生するものであることからして、失当であるから、これを却下することとする。
(裁判官 松井賢徳 小林和明 森田浩美)